自然の風を感じることはすばらしいことですね。セカンドライフを含めての日常生活に日本に伝わる智慧を生かしていきたいですね。 おむろは提案します

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華道家

礼には三礼あり

 日本人の知恵には「真」「行」「草」の三つの様式がある。書では、楷書、行書、草書、花の華台にも「真」「行」「草」と・・・柱でも真四角の柱、面皮のついた柱、丸太の柱と・・・それぞれの分野に3回又三つに分類される。 この国の知恵の一つなのでしょう。
ものをお願いしたりするときの礼儀にもあります。ものをお願いするときの「前礼」、お願いをしてもらったそのときの「御礼」、お願いしたことをしてもらった後のありがとうという手紙を送る一筆の「後礼」。
京都では、『あの人はお(後礼)も知られへん』ということになってしまいます。

お茶って・・・/懐石

茶の湯は、室町時代、村田珠光という僧がいた。大徳寺の一休和尚に教えをこい禅宗を生かした 茶法始めた。それが堺の武野紹鴎に伝えられ、田舎家風の草庵を結び、侘び茶の骨格を定めた。これをさらに千宗易・利休に伝えられ、その茶の精神を一層深め禅の心を取り入れた簡素静寂の一期一会の「侘び茶」を完成させる。
利休の弟子にには、細川三斎、織田有楽斎、古田織部などがおり、この大名茶は自由な華やかさが加わった。
利休の子、孫に受け継がれた「侘び茶」は、孫の宗亘の後、表、裏、武者小路の三つの千家に・・・宗亘の三男宗左「表千家」、四男宗室「裏千家」、次男宗守は別に一家として「武者小路千家」を。

懐石とは、茶の湯の茶事や茶会の席で出す料理のこと、茶会で濃茶をおいしくいただくために、軽い食事を取ることになっており、この料理を温石〔禅宗の修業宗が空腹と寒さをしのぐために温石を懐に入れた話〕になぞらえ茶屋の豪華な会席料理と区別するために懐石とし、正しくは茶懐石料理といいます。

茶室に・・

わずか二畳の広さ、そして天井の一部が駆込として圧迫感をやわらげ、室内の隅を丸くし柱を消して壁土を塗り狭さを感じさせず、壁の表面に,ワラスサを浮かび出させのも侘びた草庵茶室の原型とも言われる国宝茶室「待庵」。天正10年(1852)明智光秀と 羽柴秀吉の戦いの場になった山崎の合戦。
。その後も秀吉は山崎を本拠に半年間住み、千利 休も呼ばれ、茶室・待庵を造ったのもこの頃といわれます。「カヘスガヘス茶の湯の深味は草庵ニアリ」という利休の茶道観はすでに早くから確立されていたと考えられている。利休の追い求めた理想は、まさに“侘び草庵の茶”であったが、その理念や美意識が体現された茶室として今日、唯一現存するのが、京都山崎の妙喜庵の「待庵」である。妙喜庵は臨済宗東福寺派の寺で豊興山と号します。この「待庵」と比較されるのが、天正13年の冬に公開された秀吉の「黄金の茶室」でしょう